東京地方裁判所 昭和45年(ワ)11533号 判決 1971年11月29日
原告 小谷野真
右法定代理人親権者父 小谷野衛
同母 小谷野一枝
右訴訟代理人弁護士 森美樹
同 森有子
被告 中村浩
右訴訟代理人弁護士 太田実
主文
被告は原告に対し、金二七万二、九〇〇円およびこれに対する昭和四五年一二月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分しその一を被告のその余を原告の各負担とする。
事実
第一 原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金五八四、五〇〇円および右金員に対する昭和四五年一二月一四日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求原因として次のとおり述べた。
一 事故の発生
原告(昭和三八年六月一三日生、当時満六歳)は、昭和四五年三月三一日午前一一時ころ東京都江戸川区東小岩五丁目二三番三号の空地で遊んでいたところ、同所に置いてあったゴミ箱の上に載せられていたコンクリート製流し台が落下してその下敷きとなって左大腿部複雑骨折の重傷を負った。
二 被告の責任
(一) 被告は前記空地の所有者であって、もと同地上に家屋を所有して居住していたが、昭和四五年三月初めころから右家屋の取毀しを始め、同月中旬ころには右家屋は右土地を囲む門塀だけを残して撤去され、右土地には何れも被告が所有するゴミ箱、流し台が放置されてあった。
(二) 右ゴミ箱はコンクリート製で上部が屋根状に傾斜しているので、その上に物を置くことは不安定な状態を来たすものであるから、その上に相当な重量のあるコンクリート製流し台を載せておくことは、いつ落下するやも知れぬ危険をはらむものである。
従って、被告は、その所有する土地の工作物である右コンクリート製流し台の設置保存に瑕疵があったというべきであるから、原告の被った損害を賠償する義務がある。
(三) 仮に右の主張が理由のないものであるとしても、被告としては、塀門、木戸に施錠する等して子供たちが右空地内に立ち入ることができない様に管理すべき注意義務がありながらこれを怠り、門の引戸は敷地内に倒れたまま、木戸は外に開いたままで、その何れからも人の出入が自由な状態で放置しておいたのであるから、被告は原告の被った損害を賠償する義務がある。
三 損害
(一) 財産上の損害
原告は、昭和四五年三月三一日から同年四月二一日までの二二日間東京都台東区池ノ端一丁目四番二九号金井整形外科医院に入院し、同年三月三一日および同年四月二七日から同年八月三一日までの間に別紙一覧表(通院実日数表)記載のとおり六四回、合計六五回に亘って、東京都江戸川区東小岩三丁目二一番二号加納接骨院に通院した。
原告の被った財産上の損害は次のとおりである。
1、治療費
金井整形外科医院 金一四七、五〇〇円
加納接骨院 金一九、八〇〇円
(小計金一六七、三〇〇円)
2、入院諸費用
貸ふとん代 金三、六〇〇円
入院雑費 金六、六〇〇円
家族付添費 金二二、〇〇〇円
(小計金三二、二〇〇円)
3、通院交通費 金六五、〇〇〇円
合計金二六四、五〇〇円
(二) 慰藉料
原告は、江戸川区立小岩小学校に入学する喜びに胸をおどらせていたが、本件事故によって、昭和四五年四月五日から同年六月二四日までの間欠席し、同年六月二五日からはギブスをはめたまま登校し、二学期からはギブスをはずして登校できたが、運動会には参加できなかった。
従って、原告の受けた精神的苦痛を金銭に見積るならば、入院分について金一〇〇、〇〇〇円、通院分について金二二〇、〇〇〇円、合計金三二〇、〇〇〇円とするのが相当である。
第二、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告の請求原因に対して次のとおり述べた。
一 請求原因第一項の事実は知らない。
二 請求原因第二項(一)の事実中、被告所有のゴミ箱、流し台が放置されてあったことは否認するが、その余の事実は認める。
同(二)、(三)の事実は否認する。
三 請求原因第三項の事実は知らない。
第三 証拠関係≪省略≫
理由
一 事故の発生
当事者間に争いのない事実の外、≪証拠省略≫によれば、昭和四五年三月三一日午前一一時ころ、原告(昭和三八年六月一三日生、当時満六歳九ヶ月が、被告所有の東京都江戸川区東小岩五丁目二三番三号の空地において、コンクリート製流し台の下敷きとなって左大腿骨骨折の傷害を負ったこと、右空地は北側が道路に面し、他の三方はいずれも隣家に囲まれた間口約七メートル、奥行約二〇メートルの土地で、道路に面した部分には高さ約二メートルの板塀があり、この塀のほぼ中央に幅約一・八メートル(約〇・九メートルの片引戸)の木戸門、東端に幅約六〇センチメートルの開き戸の勝手口がもうけてあったこと、右空地には、従前被告所有の家屋が建っていたが、改築のため、昭和四五年三月二〇日から撤去作業が開始され、同月二五、六日頃、右塀を残して、撤去が完了したばかりであったこと、前記流し台は使い古しの廃物で右空地の東南の隅近くにおいてあったゴミ箱の上に載せてあり、かつて被告の子がここに金魚を飼っていたものであること右ゴミ箱は本体がコンクリート製、蓋の部分が木製で、その蓋が屋根状に傾斜しており、その傾斜面に厚板を置き屋根の頂点とほぼ平行になるように調整した上に流し台が載せてあったこと、流し台の底部面積がゴミ箱の蓋の面積よりも広いのではみ出ていたこと、事故当時東隣りに居住する花上豊司が本件土地内に入って東北隅附近で自家の下見板の修理をしていたところ、その折空地内では五、六人の子供が遊んでいたが、突然「わっー」と声をあげて逃げ出したので、花上が振り返ると原告および氏名不詳の他の子供一名が右流し台の下敷きになっていたことの各事実を認めることができ、右事実によれば、原告を含む五、六人の子供たちが右ゴミ箱周辺で遊んでいるうち、後記の何らかの原因でゴミ箱の傾斜部分と流し台との間にはさんであった厚板がはずれて流し台が落下し、原告がその下敷きとなって前記傷害を負ったものと推認することができる。
二 被告の責任
(一) 原告は、民法第七一七条を根拠として、右流し台は被告の所有に属する土地の工作物であって、その設置又は保存に瑕疵があったのであるから、被告は原告の被った損害を賠償すべき義務があると主張する。
しかしながら、右同法条にいう土地の工作物とは土地に接着して人工的作業を加えることによって成立した物をいい、土地に接着しない単なる動産は土地の工作物に含まれないと解すべきであるところ、本件の流し台は、土地に接着しない単なる動産であって、前記ゴミ箱の上に載せてあったものに過ぎないから、土地の工作物ということはできない。
従って、原告の前記主張はその余の点について判断するまでもなく、理由がない。
(二) 次に、原告は民法第七〇九条を根拠として、要するに、被告は本件空地の管理に過失があったのであるから、原告の被った損害を賠償する義務があると主張するので判断する。
前記流し台がゴミ箱から落下した直接の原因が何であるかは明らかでないが、少なくとも子供らの中の何人かがその上に乗るとか、これを手前に引張り或いは後から押すなどしたことが考えられ、本件事故の発生に鑑み、流し台が必ずしも完全に安定した状態でゴミ箱の上に置かれていたものではなく、少なくとも子供らの右のような行動によって落下する危険を蔵した状態にあったことは否めない。
そこで、このような危険物が放置された本件空地の管理につき被告の過失の有無を検討する。
≪証拠省略≫によると、右空地の道路に面した部分にある板塀は外見上構造に瑕疵はなく、中央部にある引戸には内側にねじ込み式の錠が設備されていたこと、東端の勝手口は外に開く構造になっており、その左側中間部に二段の猿桟があり、その一本は内側から、他の一本は内外両側から施錠できるようになっていること、被告は本件事故発生の前日である昭和四五年三月三〇日に右空地で行なわれた地鎮祭に出席し、夕方これが終ったあと当時居住していた両国の居宅に帰る際、中央部の塀門を閉め、内側からねじ込み式の錠で施錠し、勝手口から外に出てこれには翌日来る予定の職人が中へ入るのに便利なように外から猿桟を差し込んで施錠しただけであること、前記花上豊司が翌三一日午前一〇時三〇分ころ、右空地に入ろうとした際には、塀門の引戸が開かれた状態にあってその中では原告を含む五、六人の子供が遊んでおり、それから二、三〇分後に本件事故が起ったことが認められ、かつ以上の事実から考えて原告を含む子供らはそのうちの何人かが勝手口の木戸の猿桟を引いてこれを開け、ここから中に入り、更に塀門の錠を抜いて引戸を開いたことが推認できる。
思うに、建物を取毀して更地とした空地には大小の危険物が散乱しているのが通常であり、また空地が外部と完全に遮断されておらず、自由に出入りが可能な状態にあって、しかも管理責任者が現場に常在せず、監視の目が行き届かないときには、事理弁別能力に乏しい幼少の子供たちが中に入り込んで遊ぶことも当然予想されるところである。そしてそれらの子供には危険を予知し得ないことが多く、たとい予知し得たとしても、危険を顧みずに遊びに夢中になることも十分考えられるのである。
本件の空地も建物を取毀した跡地であり、前記証拠によると右空地内には本件の流し台、ゴミ箱の他にも大小の材木、梯子、槌などが散在し、管理責任者のいないその中で子供たちが遊ぶときには身体傷害の危険ある状態であったものと認められるから、被告としては、右空地に子供たちが立入ることが出来ないように管理して事故の発生を未然に防止すべき義務があったものというべきである。
しかるに被告は、本件事故発生の前日の夕方、塀門の引戸にねじ込み式の錠で施錠したものの勝手口には外側から猿桟を差し込んで施錠したに過ぎず、右猿桟は外側から引けば容易に開錠できるものであるから、一層厳重な戸閉りをすべきであったのであり、この点において被告は本件空地の管理義務を怠ったものであり、本件事故は被告の右過失により発生したものであるというべきであるから、原告に対し、その被った損害を賠償すべき義務がある。
三 損害額
すすんで原告の被った損害について考えるのに、原告が本件事故によって左大腿骨骨折の傷害を受けたことは前記のとおりであり、その治療に必要な費用額相当の財産的損害を被ったものというべきこというまでもない。
そして、≪証拠省略≫によると、原告は昭和四五年三月三一日受傷後直ちに近くの東京都江戸川区東小岩三丁目二一番二号所在の加納接骨院の診察を受けた上、その紹介で同都台東区池ノ端一丁目四番二九号所在の金井整形外科病院に入院して手術を受け、同年四月二一日退院したこと、退院後は同月二七日から同年八月三一日までの間に別紙一覧表記載のとおり六四回にわたって前記加納接骨院に通院して治療を受けたこと、右入院ならびに治療費として金井整形外科病院に対して金一四七、五〇〇円、加納接骨院に対して金一九、八〇〇円がいずれも原告の父小谷野衛によって支払われたことが認められ、原告は本件負傷によってこれらの金額相当の損害を被ったといってよい。また前掲証拠によると、原告の前記入院期間二二日の間原告の母小谷野一枝が看護のため病院に泊り込んで原告に附添ったこと、右宿泊のため、ふとん店から借り受けた貸ふとん使用料として金三、六〇〇円が小谷野衛によって支払われたことが認められ、原告が当時満六才余の幼児であり、かつ、傷害の程度が重かったことからみて、原告の母が泊り込みで看護のため附添ったのは必要な行為であったから、右ふとん代相当額はもとより附添看護料相当額は原告の本件負傷による損害といってよい。そして、右看護料の額は経験上一日当り一、〇〇〇円、入院日数二二日の合計金二二、〇〇〇円と認めるのが相当である。
原告は物的損害として以上の外、入院雑費および通院交通費を主張するが、いずれもその主張の額を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、原告が本件事故によって被った物的損害は結局前記認定の諸費用合計額相当の一九二、九〇〇円というべきであり、被告は原告に対してこれを賠償する義務がある。
次に原告が本件負傷により多大の肉体的、精神的苦痛を味わったことは察するに難くなく、被告に対して慰藉料を請求する権利があるところ、その額は前記原告の年令、負傷の部位、程度、治療に要した期間、負傷の態様、被告の過失の程度(本件事故現場は構造上瑕疵のない板塀によって外部と遮断され、被告としてもこれによって一応の管理態勢をとっていたこと前記のとおり)その他本件にあらわれた諸般の事情を総合考慮すると、金八万円をもって相当と考える。
四 よって被告は原告に対し、以上合計金二七万二、九〇〇円およびこれ対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四五年一二月一五日から完済まで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告の本訴請求は右の限度でこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九二条を適用し、仮執行宣言は付さないこととして主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤安弘)
<以下省略>